悠々自適

答えのでないあれこれ

好きなことを隠すということ

アルバイト先に、赤西仁くんのツアーグッズ(Me)のスマホケースをつけているお客さんが来店した。チャームも付いていたのだが、あまりオタバレしそうにないデザインでいいなあと思った。以前にはSMAPのツアーグッズ(Mr.S)のスマホケースをつけているお客さんもいた。

私も応援しているグループがスマホケースを販売したら買うのだろうか?おしゃれだったら買う?かわいかったら買う?と考えてみたが、答えはおそらくNoである。私は学校でもアルバイト先である職場でもジャニオタであることを言っていない。バレたら困るため、もし買ったとしても使わない、使えない。



学校にジャニオタであることを公言している友達がいる。こっそり察知されてることがなければ、学校内で私がジャニオタであることを知っているのは彼女だけだ。その子に自分もジャニオタであると明かしたとき、それはそれは驚かれた。「なんで言わないの?コンサートの話とか誰かに聞いてもらいたくないの?どうやったら隠せるの?」と矢継ぎ早に質問されたことは忘れない。

その子はコンサートの話も遠征の話も雑誌の話も非オタの友達に聞いてもらうらしい(一度その様子を見かけたが、どちらかというと一方的に話している感じだった。笑)

私にはできないと思うと同時に羨ましいとも思った。


私がジャニーズにハマりだしたのは小学校高学年の頃。母の影響を受けてのことだった。その頃はコンサートには行かず、テレビや雑誌、DVDを楽しむ所謂茶の間ファンだった。(主に財力がないため)

周りにはジャニーズが好きだという子が全くいなかったため、共通の話題として上がることもなかったし、特に話そうとも思わなかった。中学生になってもジャニーズは好きなままで、コンサートにも行くようになった。学校にはジャニーズが好きだという子が何人かいた。しかし、同じグループを好きだという子はいなかった。近い友達にだけ、ジャニーズが好きだと明かしていた。当時仲の良かった友達に知名度の高い別のグループを勧められ、DVDやCDを借りているうちにそのグループにもハマった。(昔から非常に影響を受けやすい)


しかし、ここである話を耳にする。「〜〜さん(クラスメイト)って△△(同世代のグループ名)好きらしいよ(笑)」

……なぜ笑う??と思ったが、そう言いたくなる気持ちも分かる。
私も、初めて少年倶楽部を見たときに衝撃を受けたから。同い年または年下の男の子たちがノースリーブの何とも言えないテロテロの衣装を着て踊っている。若いグループほど曲名も歌詞も意味が分からないものが多い。曲によっては見るのも恥ずかしくなるような上半身をこれでもか!とはだけさせながら踊っている。なんだこれは。と確かに思った記憶がある。

同年代の男の子がかっこつけて歌って踊ってアイドルをしているというのは、反抗期/思春期真っ只中の中学生にはなかなか受け入れられないものだったのかもしれない。私の母校では、10も年上のお兄さんたちがいるグループのことは応援していてもまあまあ受け入れられていたが、同世代グループを応援しているということは受け入れられていなかった。なんとなくバカにすらされていた気がする。

年齢ともうひとつ重要視されていたのは知名度である。悲しいし悔しいことに、タレント当人のビジュアルは変わらなくても、そのとき知名度が高いか低いかでかっこいいかどうかも左右されるのである。


私が当時好きだったグループは、年上だったが知名度は低く、周囲にジャニーズ好きを明かす度に「誰がいるの?」「なんで?」と言われ、別グループのファンの友達には「○○の方がかっこよくない?」などと言われた。明かさない方が良さそうだと思い始めた。

やはり、知名度が高いとそのグループのファンの母数も多くなる。学校という小さなコミュニティ内でもそれは同じで、知名度が高いグループのファンは仲間同士集うことができるのだ。知名度の低いグループのファンは仲間がいない。好きだと明かせば「なんで?誰がいるの?」と聞かれる。

面倒くさい。

たどり着いた感情がそれだった。特に共感も得られないのに、好きだと明かす必要性を感じなかった。

私が応援していたグループとは別の、まだ知名度の低いグループを応援していた友達は、そんな状況にあっても何も気にすることなく、何なら「彼の良さが分からないとか損してるよ」と言わんばかりの態度を貫いていた。私も彼女ほど強いメンタルを持っていれば良かったが、残念なことに私のハートは現在進行形でガラス製である。

また、当時の私の周りでは「かけもち」が理解できないものとされており、知名度の低いグループと知名度の高いグループのかけもちをしていた私は、毎日のように「○○と△△どっちが好きなの!」「もう○○だけでいいじゃん」などと言われる始末。さらに面倒。どっちも好きなんだもん〜とかわし続けた。


思い返してみると、ジャニオタを公言している子たちは皆カースト上位者であった。周りの目を気にすることなく、好きなものを好きとはっきり言えるからこそカースト上位だったのかもしれないし、周りも、カースト上位者が言うのなら否定する意味もないということだったのかは分からない。たまたまだったのかもしれない。今となってはスクールカーストなんてつまらないことに振り回された意味って何だったのかと思うけど、当時は必要以上に周りの目を気にして生きていたので、フツーな私は細心の注意を払っていた。でもまあ、中学生くらいってだいたいそういうものだと思う。(もちろん皆が皆というわけではないとわかっている)
もしカースト上位者が好きなグループが同世代だったらそれは受け入れられていたのだろうか?と素朴な疑問も抱いたが、まあ今となってはどちらでもいい話である。

話を戻すが、スクールカーストというものが強く存在する中学生の間、周囲にあまり受け入れられないことを自ら明かすことはやめた方がいいと感じたのだった。そして同時に、ジャニオタだからといって全員が同じ熱量や同じスタンスで応援しているわけではないということを学んだ。


高校生になり、コンサートに行く回数が減った。年に1回行くか行かないか、それくらい。レギュラー番組を見ることも
雑誌を買うこともしなくなった。オタ卒というのか茶の間に戻ったというのか、そんな感じ。

それが大学生になり、突然若手同世代(やや年下)グループに転がり落ちた。徐々に、とかではなく突然。
大学の友達にはジャニーズが好きだという子もいた。私も、入学してすぐの頃に「昔ジャニーズ好きだったよ〜」と言っていた。昔、のことだと思っていたのにジャニオタの世界に舞い戻ってしまった。しかも同世代(やや年下)。トラウマという程でもないが、周りの目を気にして言えなかった。言えないでいるうちに、Twitterのアカウントを作り、仲間を見つけ、初のCD複数枚購入、初の舞台観劇、初の遠征、とジャニオタとしてのステップを着実に踏んでいった。そして、ついには年下Jr.に担降りをした。ますます言えない。

タイミングならあったと思う。ジャニーズの話題が出ることもそれなりにある。何にお金を使ってるのか、普段何をしているのか、長期休暇に何をしていたのか、そんな話になる度に濁した言葉でしか答えられないことが嫌になって、ジャニオタであることを言ってしまおうか、と迷う気持ちが生じる。
しかし、非オタの意見は厳しく、学校でも職場でも必ず「別にかっこよくないよね」「歌もダンスも上手いわけじゃないし」「良さが全然理解できない」「ファンのお金の使い方がすごい」「宗教っぽくてちょっと怖い」「何がいいんだろう」「その辺のお兄さんの方がかっこいいよね」という人たちはいる(そういう人に限って別の何かの熱狂的ファンだったりする)。恐ろしいほど素直な疑問や素直な気持ちである場合もあるし、否定的な感情が含まれている場合もある。そうじゃないんだ、そこじゃないんだ、と思う。好きなグループの話になっても、好きなんだ〜って言おうか迷ってるうちにディスられるということもよくある。そこで「いやいやうちの子はこんないいところがあってこんなにかっこよくてとっても応援しがいがあるんです!!!!」なんて言えたらいいのだが、ガラス製のハートしか持ち合わせていない私には言えない。まず否定される、ということがどれ程悲しいことか知っているので、私はどんな話でもなるべく肯定的に聞くようにしている。(これがなかなか難しい)

非オタかつ否定的な人のすごいところは、それがジャニオタを公言している人間の前でも変わらないということだ。もちろん、優しく聞いてくれる人もいる。しかし、ジャニオタに対しても食ってかかる勢いでディスる人もいる。私は毎度毎度その無意識の「なんでなんで」攻撃に耐えられる気がしない。思い返せば、中学生の頃もそうだった。「何で好きなの?誰がいるの?」と聞かれ、「○○くんと○○くんがいて、曲が良くてかっこよくて〜…」と返しても、次の日にはまた同じように「何で好きなの?どこがいいの?」と聞かれるのだ。相手は別に理解しようと思って質問してきてるわけではない。相手が理解しようとしていなかったり、否定的であればあるほどその説明は暖簾に腕押し、豆腐に鎹、糠に釘。マイナスからのスタートは思いの外疲れる。そして、好きなことを否定され続けること、認められないことはなかなかしんどい。こんなことを言っては何だが、結構ジャニオタに対する思い込みやジャニオタ像というものが強く作り込まれているように思う。ジャニオタだって現実を見るし、ジャニオタだからこそ現実を見る。

もちろん、同じだけ好きになってくれたらこの上なく嬉しいし、同じだけとまで行かなくとも少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいと思う。けれど、別に周囲の人に好きになるよう強要しているわけではない。私の中の基準でかっこいいと思い、私の中の基準で好きだと思っているだけである。それならば、仲間内で共感もできて、楽しく話せるところで盛り上がれたら私はそれで満足だ。ありがたいことに、家族内にジャニオタがいるので、話したいと思った時に熱弁できる相手も近くにいる。それに、ジャニーズが好きだと聞いたので話をしてみたが、私とは応援の仕方やテンションが違った…というのはよくある話である。ひとくちにジャニオタと言えど、気の合う仲間を見つけることは難しい。


別にやましいことをしているわけではないし、ふと我に返る瞬間こそあるが、後悔しながらジャニオタをしているわけでもない。好きな人やグループを自分なりに一生懸命応援して、コンサートを楽しんで、新しい友達が出来て。ここが私のメインの世界で、所謂現実の方がサブの世界のように感じることもある。確実に今の私を創造するものであるのに、なぜ堂々とできないのか。私はジャニオタであることを恥ずかしく思っているのではないか。
恥ずかしいのか、説明が面倒くさいのか、よく思われないような気がするのか、周囲に理解されないと思っているのか、単にタイミングを逃し続けているのか。一体何の感情でここまでひた隠しにしているのか自分でもよくわからない。でも今さら言えない。言おうと思わない。
ときどきこのことが自分を苦しめる。別に公言しないといけないわけではないし、ジャニオタであることを隠している人は多いと思う。しかし、私が応援している人たちはみんな一生懸命にアイドルをしているのに、誇りをもって仕事をしているだろうに、わたしはもしかしたらそれを恥ずかしいと思っているのではないか…過小評価のしすぎではないか…罪悪感のようなものがぐるぐるする。タレントに対して、すごく失礼な気がしてくるのだ。でもだからといって、公言しよう!とはならないのである。このループをもう何度も繰り返している。


これを書いたところで、私が罪悪感を抱かなくなるわけでもないし、非オタの人が理解しようと思うわけでもない。ただ、なんとなく書きたいことが見つかって、吐き出したかっただけだと思う。あわよくば共感を得たい、とは思っている。
ジャニオタであることを隠している人とそうでない人、どちらが多いのだろうか?隠している人は何故隠しているのだろうか?みんな罪悪感を抱くのだろうか?仲間が見つかることをこっそり願っている。

(こんなにずーーんとした記事を書くつもりもなかったし、こんなに長々と書くつもりもなかった。何に対してアツくなっているのか自分でもよくわからない。言い訳ついでに保身をすると、非オタの人がみんな否定的な意見を持っているわけではないと理解しているし、世の中学生がみんなカーストを意識しているわけではないことも理解している。これは私個人の過去と現在の話であり、非オタの人をディスるものではない。)